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大阪高等裁判所 昭和31年(ネ)842号 判決 1958年7月14日

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

昭和三一年(ネ)第八四二号事件控訴人川上孝助の買収対価増額請求の訴はこれを却下する。

昭和三一年(ネ)第八四二号事件につき生じた控訴費用及び予備的請求につき生じた訴訟費用は、同事件の控訴人川上孝助の負担とし、同年(ネ)第八六〇号事件につき生じた控訴費用は同事件の控訴人茨木市春日地区農業委員会の負担とする。

事実

昭和三一年(ネ)第八四二号事件控訴人川上孝助(以下第一審原告川上という。)代理人は、同年(ネ)第八四二号事件につき、「原判決中第一審原告川上の勝訴部分を除きその余を取り消す。茨木市春日地区農地委員会(右事件の被控訴人、以下第一審被告という。)が昭和二四年九月五日原判決添付物件表記載の宅地中1の宅地についてした買収計画を取り消す。右買収計画取消の請求の理由がないときは、右買収宅地の対価を一坪につき七〇〇円に増額する。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決を求め、昭和三一年(ネ)第八六〇号事件被控訴人川上孝助(以下第一審原告川上という。)同堂島一哉(以下第一審原告堂島という。)代理人は、同事件につき、「同事件の控訴人(以下第一審被告という。)の本件控訴を棄却する。控訴費用は第一審被告の負担とする。」との判決を求め、第一審被告代理人は、同年(ネ)第八六〇号事件につき、「原判決中第一審被告の勝訴部分を除きその余を取り消す。第一審原告川上、同堂島の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告等の負担とする。」との判決を求め、同年(ネ)第八四二号事件につき、「第一審原告川上の本件控訴を棄却する。同原告の対価増額の予備的請求の訴を却下する。控訴費用は第一審原告川上の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、

第一審原告等代理人において、「本件宅地買収申請人川畠宇之松、中小路治平及び馬場留吉の賃借権は契約解除により消滅し、同人等は当該宅地につき借地法上の権利を有しないとの主張(原判決請求原因事実二、(二)の主張)を撤回する。第一審原告川上が、第一審被告のした本件買収計画を不当とする理由の一は、買収の対価を不当とするにある(原判決請求原因事実摘示二、(五))。第一審原告川上のこの対価に対する不服は、若し買収計画取消の請求が認容されないときは、対価を相当額に増額すべきことを請求する趣旨で主張したものであるから、当審においてその趣旨を明確にし予備的に訴を拡張し、原判決添付物件表記載の1の宅地につき買収計画の取消が認容されないときは、対価を相当額に増額することを請求する。そして、対価の増額を請求する理由は、原判決請求原因事実二、(五)記載のとおりであり、本件買収宅地の価額はその後の土地の発展により現在一坪五、〇〇〇円と評価されているが、買収計画当時の価額は一坪につき平均七〇〇円と評価されていたので、右宅地の買収対価を一坪七〇〇円に増額を請求する。」と述べ、

第一審被告代理人において、「第一審原告等の右主張の撤回に異議はない。茨木市春日地区農地委員会が、昭和二四年四月二四日した本件宅地の買収計画を取り消し、同年九月五日右宅地に対する第二回目の買収計画を定めた間に事情の変更のないことは認める。本件宅地買収申請人川畠宇之松、中小路治平、馬場留吉はいずれもその資格を有する。(1)、川畠宇之松は、昭和二三年迄竹電の行商を営んでいたが、昭和二四年度には右行商による取得としてあげる程のものはなくなつている。同人は既に長男一男に世帯を譲り、水田六反四畝七歩を耕作し、農を専業としており、昭和二三年度分総所得金額一三五、四五〇円(農業所得七五、四五〇円、その他六〇、〇〇〇円。)、昭和二四年度総所得金額一〇〇、一九四円(農業所得のみである。)となつている。(2)、中小路治平は、精米、精麦、精粉の機械を据えて業務を営んでいるが農繁期には中止し、農閑期の余剰労力を利用して自己の部落の人の依頼に応じているにすぎない。同人は、水田一町九畝歩を耕作する専業農家で、昭和二三年度分総所得金額一九四、六〇〇円(農業所得一二九、八五〇円。営業所得六四、七五〇円)、昭和二四年度分総所得金額二二九、一七〇円(農業所得一五九、一七〇円、営業所得七〇、〇〇〇円)で、副業の精米業の所得は農業所得の半額にすぎない。この精米の工場も殆んど農業用の機具の置場として使用している。(3)、馬場留吉は、運送業を営んでいることとなつているが、実弟の馬場実は昭和二一年に帰還し、同人に新しい運送営業は許可されないので、馬場留吉名義で運送業を営んだもので、実際の営業者は弟である。馬場留吉が茨木市陸上運送業の班長をしたというが、これは順番制でただ世話役にすぎない。同人が本件宅地上の家屋に尼崎市所在の住友金属株式会社に勤務する赤松七郎を同会社の社宅が空くまでの約束で一時住ませたことがあるが、賃料等の支払を受けたことはない。同人は、水田八反三畝六歩を耕作し、牛を使用している専業農家で、昭和二三年度分総所得金額一一五、八七〇円(農業所得七三、八七〇円営業所得((実際は弟の営業))四二、〇〇〇円)、昭和二四年度分総所得金額一四二、一〇〇円(農業所得一〇九、一〇〇円、営業所得三三、〇〇〇円)を得ている。以上のように各買収申請人は、大阪府下での平均耕作反別を上廻る農地を耕作する専業農家であるが、家族が多く労働力が豊富なために、その余剰労働力を他の副業に使用して現金収入を得ているにすぎない。次に、第一審原告川上の予備的請求は、結局対価の不服の訴であるから、自作農創設特別措置法(以下自創法という。)第一四条により買収令書交付の日から一ケ月以内に、かつ国を被告としてすべきであるから、不適法として却下さるべきである。」と述べた外、

原判決の事実記載(但し、第一審原告等は、原判決の請求原因事実二、(二)の主張を撤回したから、右主張及びこれに対する第一審被告の答弁を除く。)と同一であるから、これを引用する。

証拠(省略)

理由

原判決添付物件表記載の宅地(以下本件宅地という。)は、同表関係第一審原告欄記載の各第一審原告の所有であつたが、茨木市春日地区農地委員会(第一審被告)が昭和二四年九月五日右各宅地につき、同表買収申請人欄記載の申請人等からの買収申請を認容し、自創法第一五条により宅地買収計画をたてたこと、これに対し第一審原告等が同月二四日同委員会に異議の申立をしたが、同月三〇日これを却下され、同年一〇月一四日第一審原告等に通知され、第一審原告等は、更に同月二四日大阪府農地委員会(現在大阪府農業委員会)に訴願をしたが、同年一二月一日右訴願を棄却され、同月六日第一審原告等にその旨通知されたことは、いずれも当事者間に争いがない。

第一審被告が、右買収計画をたてる前に本件宅地につき昭和二四年四月二四日買収計画を決定したが、第一審原告等の異議申立により同年五月二七日その買収計画を取り消し、その後大阪府農地委員会の指示があつたので、同年九月五日再び買収計画を定めたこと、右第一回の買収計画を取り消してから第二回目の買収計画を定めるまでの間に事情の変更がなかつたことは、当事者間に争がない、第一審原告等は、右第一回の買収計画の取消決定に対し何人からも訴願の申立がなかつたから、右決定は確定したにかかわらず、第一審被告が、上級委員会である大阪府農地委員会の指示に従つて、一旦買収除外を決定した本件宅地につき更に買収計画を定めたことは、法律的措置を誤つたもので違法であると主張するので考える。第一審原告等の異議申立を認容して、第一審被告が昭和二四年五月二七日した前記買収計画の取消決定に対し、何人からも訴願がなかつたことは、弁論の全趣旨から明らかであるから、右取消決定は確定したものといわなければならない。しかし、買収計画を取り消した後においても、その取消決定が自創法の立法趣旨に反し、著しく違法であり、取り消したままに放置することによる公益上の不利益が、更に買収計画をたてることにより関係人に及ぼす不利益に比べてはるかに重大であると認められる場合には、更に買収計画をたてるべき公益上の必要があるものと解するのを相当とし、このことはその行政処分に対し異議訴願の不服申立が許されている場合でも異るところはない。本件につきこれをみるに、第一審被告が昭和二四年九月五日買収計画を定めた本件宅地のうち、原判決添付物件表記載の1の宅地(川畠宅之松の買収申請にかかるもの。)については、当裁判所の引用する原判決の理由四の(一)(1)、(二)(1)、五の(二)からおのずから明らかなように自創法により当然これを買収すべきものであつて、その買収計画を取り消すようなことは著しく違法であり、これを取り消したまま放置することによる公益上の不利益は、改めて買収計画をたてることにより第一審原告川上等関係人の受ける不利益に比してはるかに重大であるから、更に買収計画をたてるべき公益上の必要があるものということができるが、同表記載の2、3の宅地(中小路治平、馬場留吉の各買収申請にかかるもの。)については、当裁判所の引用する原判決の理由四の(一)(2)、(3)、(二)、(2)、(3)五の(三)で明白なように、昭和二四年四月二四日当時においても、同年九月五日当時においてもこれを買収すべきものでない。従つて、右物件表記載の宅地のうち2、3の宅地について、第一審被告が、同年九月五日に更に買収計画を定めたのは違法であるが、1の宅地について第一審被告が、同日再度の買収計画を定めたことは違法ではない。第一審原告等は、前記第一回の買収計画の取消決定は、本件宅地に対する買収除外の効力を有する旨主張するが、買収計画の取消は、単に既になされた買収計画の効力を消滅せしめるに止まり、これにより特別に買収除外の効力を生ずるものではない。次に第一審原告等は、何等法律上の根拠のない大阪府農地委員会の指示により、第一審被告が再度の買収計画を定めたことは違法であると主張し、第一審被告が最初の買収計画を取り消した後大阪府農地委員会から指示を受け、再度の買収計画を定めたことは前記のとおり当事者間に争いのないところであるが、大阪府農地委員会にかかる指示をする法律上の根拠がないことは、第一審原告等の主張するとおりであるから、大阪府農地委員会の右指示は単なる事実上の行為とみるの外なく、右指示が第一審被告が、再度の買収計画を定める動機となつたとしても、弁論の全趣旨によれば、第一審被告は、更に調査の上再度の買収計画を定めたものと認めることができるから、右指示があつたというだけで右1の宅地につき定めた再度の買収計画が違法となるものではない。

次に第一審原告等は、市町村農地委員会が宅地の買収計画をたてるためには買収申請人の申請を要するところ、本件宅地については、昭和二四年五月二七日の買収除外の決定により買収申請人の申請は却下され、再度の申請はなかつたのであるから、第一審被告のした再度の買収計画は、前提要件である買収申請人の申請を欠いた無効のものであると主張する。しかし、第一審被告が、昭和二四年五月二七日した決定は、最初の買収計画を取り消したに止まり、買収除外の決定でないことは既に説明したとおりである。そして、買収計画を取り消しただけで直ちに買収申請人の申請が却下されたものと解することができないのは勿論、右取消の際右申請が却下されたことを認めるに足る証拠はなく、弁論の全趣旨によれば、右申請は却下されることがなかつたことが明らかであるから、第一審原告等の右主張は採用できない。

当裁判所が、原判決添付物件表記載の2、3の宅地につき、第一審被告が昭和二四年九月五日した買収計画の取消を求める第一審原告川上、同堂島の請求を正当として認容し、右物件表記載の1の宅地につき同日した買収計画の取消を求める第一審原告川上の請求を失当として棄却すべきものとするその他の理由は、次のとおり附加する外、原判決の理由四ないし七記載(原判決一五枚目裏一行目から二〇枚目表一二行目まで。)のとおりであるから、これを引用する。原判決添付物件表記載の1ないし3各記載の買収申請人等が、その関係宅地につき、いずれも前から賃借権を有していたことは、当事者間に争いがない。成立に争いのない乙第八ないし第一〇号証の各一によると、買収申請人中小路治平、馬場留吉及び川畠宇之松の昭和二三年度及び昭和二四年度の所得が、第一審被告主張のとおりであることを認めることができるが、右事実及び乙第八ないし第一〇号証の各二、当審証人堂島六雄の証言によつても、原審のした事実認定にして当裁判所も同様に認定するところをくすがえすことができない。買収申請人馬場留吉に関する第一審被告主張にそう当審証人馬場留吉、吉田治一の各証言は、成立に争のない甲第七、第八号証、第一〇ないし第一二号証当審証人堂島六雄の証言と対比して信用できないし、他に右認定をくつがえすに足る証拠はない。

以上と同趣旨の原判決は相当であつて、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却すべきものとする。

第一審原告川上は、予備的請求として、原判決添付物件表記載の1の宅地の買収対価の増額を請求するが、宅地買収の対価増額の請求の訴は、自創法第一五条第三項第一四条により令書の交付又は同法第九条第一項但書の公告があつた日から一ケ月内に国を被告として提起することを要するところ、第一審原告川上は、右一ケ月の出訴期間を経過した後であることが明白な当審において(右原告は、原審以来右請求をする趣旨で買収対価の不当であることを主張し、当審においてこれを明確にしたと主張するが、原審における右主張は、本件買収計画が違法であることの一理由として主張したものであり、当審において始めて対価増額の請求をしたものであることは、記録上明白である。)、買収対価の増額請求をしたことが明らかであるから、右訴はこの点において既に不適法であつて、これを却下すべきものとする。

よつて、民訴法第三八四条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

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